以前、“独立しても(= 一人前になっても)、職人さんって勉強するもんなんですか?” と質問を受けた事がありまして。
職人なんてものは、親方から〈一人前〉と認められたとしても、〈完璧〉ということはあり得ないので、ずっと学び続けるものなのですよ。
なんて格好いいことを言ってみたいものですが、実際のところ、コントラバス業界に限っていえば、変化なのか進化なのか、常に演奏者や音楽業界全体から、コントラバスに対して求められる〈音〉が、もの凄い速さで変わり続けているので、コントラバス職人としては常に〈現在〉と〈ちょっと先の未来〉を追い続けなければ、仕事になりません。
そう、好むと好まざると関係なく、〈勉強〉を続けないと仕事として成立しないのです。
というわけで、今回も、あまり演奏者の皆様にはお役に立たないであろう、駒の調整方法の、お話。
今回も、どちらかといえば技術者向けの記事になります。
普段、仕事をしていると『コントラバスという楽器は1弦の響きが弱い』などと言われる事がありますが、実際のところ、コントラバスという楽器の構造上『1弦の響きが弱い』ということではなく、駒の調整が不充分だという事の方が多いように思います。
これまで、わりと一般的であった駒の削り方でもある、駒を(弦の)上から見たときに、2弦・3弦のあたりが膨らんで厚く、1弦・4弦のあたりが薄い、いわゆるアーチ型の削り方。
この削り方だと、1弦の音色は、音の芯ばかりが強く、響きのある音色は出せません。
これは間違いありません。
この削り方、実際によく見かけるのですが、少なくとも私が考える限りでは、この中央を膨らませて削る方法に、何か理論的に、音色に対して良い効果を語れるものは、見つかりません。
逆に私としては、この削り方の問題点を挙げるとすれば、まだまだ幾つも出てきますが、今回は省きます。
というわけで、まずは駒の削りで平面を出す必要があります。
話は、そこから。
今回の駒のポイントは3つ。
手順としては、まず〈A〉を削ると、1弦に低い音の響きを加える事ができます。
これは、1弦を鳴らした時の、4弦の共振を利用することになります。
次に、私は〈C〉を削る事が多いです。
これは1弦を鳴らした時の〈楽器本体の響き〉を加える事ができます。
そして、〈B〉は1弦単体、その弦そのものの音の成分の響きを加えることになりますが、ここは、響きと一緒に、なんとなく音量感がない場合に削ると効果的です。
ここは、〈響き〉といっても、弦そのものの〈響き〉ですので、使い方を間違えると、音色としては硬い響きになる傾向があります。
響きに空気感が欲しい場合には、〈C〉が良いと思います。
だいたい、この3つのポイントで処理できます。
駒の調整というものは、基本的には全体の音色のバランスを考えながら作り上げていくので、このポイントだけで解決できるものではありませんが、まずは、この〈A〉と〈C〉を削って、様子を見ながら他の音域とのバランスを考えつつ調整をすれば、1弦も他の弦と同じように響かせる事が可能です。
当店の『調整解説動画』も参考にしてみてください。
緊急事態宣言も伸びてしまって、相変わらず閉塞感漂う世の中で、経済も停滞してしまって、“はてさて、どうしたものか?” と思うことも多いわけですが、逆に少し前向きな思考をするならば、先日も申しましたように、『楽器と向き合える時間』が増えたわけですから、今ここで、しっかりとコントラバスの調整技術を身につけた職人は、この先の時代で置いていかれることなく、音楽の文化の中で、きっちりと影響力を持って下支えをするような仕事をしていけるかと思います。
私や、オリエンテの二代目などは、普段の仕事を終えた後に、(今でも)必要とあらば寝る時間を削ってでも、己の技術の向上のための研究と修練を積み上げています。
私は今の時代の若い職人たちに、同じように『寝る時間を削ってでも修練を積み上げなさい。』とは言いませんが、今、この時はチャンスです。
ここでキッチリと技術を磨き上げれば、この騒動が終わり、世の中が再び動き出したときに、必ず、その技術は生きてきます。
これからの時代のコントラバスの調整技術は、これまでの『なんとなく職人の感性が主導』の調整方法ではなく、明確な理論のもとに、確実に結果の出せる精度の高い調整方法が主流になるべきであり、それでなければ、音楽の文化の中で、コントラバスという楽器の活躍の場が、これ以上に広がっていくことは難しいと思います。
いつも申し上げますように、私の調整方法が〈正解〉というわけでもありません。
ただ、少なからず、インターネットで調整方法を調べてみて、中途半端な知識を得るぐらいであれば、とりあえず私の調整方法を真似してみるのが良いです。
なぜなら、質問をいただければ、ちゃんと返答ができるからです。
この騒動が終われば、実際に目の前で実演もできます。
その気にさえなれば、この情報は(私からの)一方通行ではなく、相互の意見交換によって、私は、より精度の高い情報を提供ができます。
それは、若い職人たちの気持ち次第です。
重要なことは『真似をする』ではなく、そこから自分なりの調整技法を見つけ出すことです。
私も、結局、修行というものは、まず親方の真似をする。
そこから繰り返し繰り返し、同じことを行う中で、自分なりの方法を見つけ出す。
そういうものです。
私は、そのような生活を20年間続けました。
技術の習得というものは非常に時間の掛かるものですし、そこから、その技術を成熟させるには、更なる時間が必要になります。
学べる時に、しっかりと学んで、それを活かせる時までに備えるということは、大切だと思います。
この調整技術、身につけていて損することはないので、よろしければ、ちょいと試してみてください。