修理の依頼で持ち込まれた Oriente のコントラバスに貼られたラベルは、私が書いたものでした。
『1997年3月25日』といえば、私が Oriente での修行を始めて丸2年になる頃です。
そのころは、ほとんど楽器製作にかかわることは許されず、材木の管理や出荷前の梱包作業など、雑用ばかりの仕事でした。
そのような仕事の中で、塗装を終えた楽器の部品の取り付け作業も、私の仕事でした。
よく見ると、文字が少しお洒落になっています。
これは、親方に見つからないように、こっそりと書きました。
毎日毎日、変化のない雑用の仕事。
そのような辛く厳しい毎日の中で、少しでも楽しいことを見つけて、挫折しないように耐え続けていました。
そんな私の小さな抵抗が、このラベルです。
日本の職人の習慣では『下働き(雑用)は3年』と言われていたもので、私も3年で雑用を終えて、楽器製作を許されると思っていました。
私は結局、修行を始めてから丸4年間…この楽器のラベルの1997年からさらに2年間、雑用を続けました。
この楽器を一緒に見ていた女房に、“辛い時代を思い出した?” と問いかけられます。
私は、“この時代の苦しみを忘れた事は一度もないから、そもそも〈思い出す〉ことはない。” と答えました。