このような仕事をしていると、わりと多く受ける質問が『職人の生活って、どんな感じ?』ということ。
これがまた答えに困ってしまう質問でして、それは私自身の修行の〈時代〉によって違ってきます。
ざっくりと言えば、『下働きの時代』『半人前の時代』『一人前と認められてからの時代』と、私の20年間のオリエンテでの修行時代で、だいたい3つぐらいに分けられると思います。
この3つの、それぞれの時代に合わせた生活パターンがあるわけですから、一概に『職人の生活は、こんな感じ。』とは言えないわけです。
というわけで、今回は一番多く質問を受ける『下働きの時代』の生活から。
オリエンテ、社名は『ヒガシ絃楽器製作所』。 ここはキッチリと時間割で動いていて、時間が来ると学校のようにチャイムが鳴ります。
時間割を書き出してみると・・・。
8:30 始業
10:00〜10:15 休憩
12:00〜13:00 昼休み
15:00〜15:15 休憩
17:30 終業
このようになります。
残業というものはありません。
それというのも、原木から製材しているオリエンテにとっては『コントラバス製作=肉体労働』ですので、時間外労働は怪我のリスクを大きくしてしまいます。
集中力を切らして怪我のリスクを負ってまで作業するよりも、決められた時間の範囲内で、ギュッと集中をして作業する方が効率が良い、という親方の判断です。
もっとも、親方や二代目、後々、私などは夜まで作業していることが日常でしたが・・・。
それを踏まえて、下働き時代の生活を、ご紹介。
あくまで、私の場合ですが。
朝、起床は5時30分です。
そして、6時ごろに朝食を食べます。
始業は8時30分ですが、始業の時間に合わせて身体を起こしておかないと、怪我のリスクが上がります。
下働きの時代などは、『始業と同時に親方から“これを製材しておけ。”と指示を受けて、約100Kgの材木を一人で持ち運び、製材する。』なんてことは日常なのですから、心身共に目を覚ましておかないと、大きな機械に巻き込まれて大怪我をしてしまいます。
とにかく体力勝負の時代ですから、朝食は身動きできないぐらい、腹に詰め込んでおきます。
自宅を8時に出れば充分余裕を持ってオリエンテには着くので、1時間ほど食休み・・・のような状態になります。
だいたい毎日、朝食後は苦しくて動けませんでしたが、それでも昼休みの30分前には、空腹で苦しみます。
12時からの昼休みは『いかに早く食べて、昼寝の時間を確保するか?』が重要になってきます。
だいたい、昼食を10分ほどで食べ終えて、13時まで昼寝をします。
私の下働きの頃の昼寝場所は、ガレージにある軽トラックの荷台でした。
軽トラックに材木が積まれているときには、その上で。
高さが2mほどになるぐらい材木が積まれている軽トラックの上で昼寝をしていて落ちたこともありますが、慣れれば『木の温もり(ぬくもり)』を感じながら昼寝ができます。
軽トラックの荷台の全面ぐらいの大きさで、厚みが75mmほどのカエデの材木であれば、だいたい、それで100kg超だと思います。(あれ? じゃぁ、高さ2まで積んだら、軽トラでは完全に過積載ではなかったの? とか突っ込まないように! 20年以上前の話です。)
私が下働きの頃は、世の中に〈ゆとり〉があった時代ですので、この昼休みの時間を狙って、取引先の同世代のトラックドライバーが遊びにきます。
そして昼寝を叩き起こされて、彼の上司の愚痴を散々聞かされて、昼休みが終わる時も珍しくありませんでした。
そんな〈面白い話〉も、追々。
昼休みを終えると、午後はコントラバスの出荷の準備に追われます。
当時、オリエンテでは運送屋を2社と契約していて、集荷の際のトラブル(ドライバー同士の荷物の取り合いの大喧嘩)を防ぐために、各社の集荷の時間調整をしながら、準備をします。
昔々、もう30年以上前の話ですが、ヤマト運輸と佐川急便のドライバーが、京都市のど真ん中の四条河原町周辺で、荷物の取り合いをして大喧嘩をする・・・などというのは日常茶飯事で、有名な話だった・・・と下働きの頃に聞かされたもので、『とにかく会社の違うドライバー同士は近づけるな!』ということが鉄則でした。
そうやって、あれやこれや、楽器製作のための材料の仕込みから出荷の準備など、3つ4つの作業を同時並行で行いながら、1日が過ぎてゆきます。
そして17時30分に終業。
もう、立っているだけで精一杯で、ほとんど意識は飛びかけています。
とはいえ、オリエンテでは住み込みの修行は行っていないので、自宅まで帰らなければなりません。(自転車で10分ほど)
もはや夕飯を作る気力も体力も残っていないので、結局『コンビニで買う』のようなものが多かったような気がします。
本当に疲れた時などは、帰宅して玄関先で倒れて、気がついたら真夜中・・・のようなことも、何度か経験しています。
だいたい21時には就寝。
疲れているときには、19時前には寝ていました。
それを毎日、丸4年間を過ごしたのが『下働き時代の日常』といったところです。
もう、思い返すだけでも “二度と経験したくはない・・・。” とゾッとするわけですが、この経験がなければ、今の自分も無いわけで、結果的に私の職人としての生活パターンは、現在も、その時代の流れの上に段取りが組まれています。
まぁ、世の中には、もっと厳しい修行をしている職人たちも少なく無いのですから、この程度は特に驚くほどの話でも無いような気もします。
まだまだ甘い方だと思います。
私には、これが限界でしたが!