ちょっとした思い出話だったり、そうでなかったり。
当店は管楽器専門店と手を組んで、埼玉県の中学校や高校の吹奏楽部のコントラバスの修理や調整を行っています。
昨日、管楽器屋さんから持ち込まれた依頼は、
“G線の弦高で6mmで、全体の弦高を整えてほしい。”
というもの。
“おぉ、最近の高校生はインターネットなどで調べて、色々と勉強しているのだろうなぁ。”
と思いながらも、
“吹奏楽で弦高6mmというのは、少し低い気もするけど…特に、これから弦高の下がる時期だし…。”
とも思います。
さて、この Oriente HO-20 は見るからに購入時から全く調整がなされていません。
これまで、さんざんに『Orienteの楽器は鳴らない』と現実世界でもインターネットの世界でも言われてきましたが、
“そりゃぁ…出荷状態のままで弾いていても鳴らないよ…。”
と思います。
コントラバスという楽器は、世界中、未調整のままで出荷されるもので、それを仕入れた販売店が調整をして販売をするが大前提です。
だから本来、未調整のまま販売するなど有り得ないのですが…なかなか教育現場では弦楽器の世界の〈常識〉は通用しません。
“さて…この楽器は、どうしたものかな。”
と眺めていると、ふと気がつきます。
“これは、自分がOrienteで作った最後の方の楽器ではないのかな。”
そこでラベルを確認すると『2014年9月』とあります。
私は2015年の3月にOrienteでの修行を終えています。
2015年1月になってからは、私自身、独立開業の準備もあったので、楽器製作に関わることも少なくなっていたので、『2014年9月』というのは、まさに私の最後の追い込み。『Orienteでの20年の修行の総仕上げ』のような猛烈な勢いで楽器を作っていた頃でした。
私は今でもそうですが、その当時から、あまり高級品には興味はありませんでした。
私は学校の教育現場で使うような、手頃な価格の楽器をいかに高品質で作り上げられるのかに情熱を傾けていました。
『与えられた条件の中で最高品質のものを作り出す』それは、私の親方である東澄雄の職人としての理念であり、二代目となる東義教も、私も、その想いを受け継ぎました。
この楽器と同じ頃に作られたものは、同じHO-20であっても、それぞれ若干、板の厚みを変えてあります。
材木の硬さや木目の詰まり具合などを見ながら、0.1mm単位で、それに適した厚みに削ってあります。
私の場合、薄削では常に0.04mmで削る技術を持っていたので、0.1mm単位で削り分けることは、特に難しいことではありませんでした。
それと、HO-20は一般的な単板(OrienteでいえばHO-38以上)よりも、若干、板を厚めに仕上げています。
HO-20は裏板と横板は合板なので、単板であるメイプル(カエデ)に比べて柔らかい。
ということは、単板の楽器と同じようにおもて板を振動させてしまうと、その振動を裏板と横板が支えられずに、サウンドが暴れてしまいます。
楽器本体の構造的なものとしてサウンドが暴れてしまうと、楽器の調整技術では、どうにもなりません。
だから、ほんの少しだけ表の板を厚めにすることで、できるだけサウンドが暴れないように配慮をしました。
そして、私がHO-20でこだわっていた部分は、楽器の輪郭の美しさです。
低価格帯の楽器には、美しいものが少ない。
それは非常に残念なことです。
私は、それが嫌でした。
この楽器の輪郭の曲線を美しく削り、また美しく磨くのは、単純に〈技術〉です。
でも、この技術、実はダラダラ時間を掛ければ掛けるほどに、輪郭の線は醜くなります。
いかに早く、一気に削り上げるかで、美しさが出る。
そう。迷いなく一気に削り上げることが、重要なのです。
そのために、技術を徹底的に身体に叩き込む。
頭の記憶ではなく、100%身体の記憶として、無意識にでも動かせるほどに、精密機械のような技術を習得する。
そのために、この『面取り』と言われる作業専用に道具を揃えます。
鉋や鑿、切り出し小刀など、幾つもの道具の設計図を描き、鍛冶屋に依頼をして道具を作ってもらいました。
“どうせ削るのなら、美しく削り上げたほうが格好良くない? 時間内に仕上げれば、文句は無いでしょ?”
そんな話を、よく修行時代に二代目と話をしました。
そのあたりの思い出も踏まえた上で、
“この楽器は、まだまだ眠っている状態だ。”
というのは、すぐに判断できます。
さぁ、納期が短いので、これから頑張って、この眠っているHO-20を調整して、叩き起こします。