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それは、チャンスがあるということ。

 私自身、自ら弟子を育てるようなことは考えていません。

 若い職人たちに、私の持っている知識や技術を伝えることに興味がないわけではありません。

 私が受け継いだ〈伝統〉を継承させる職人は育てない、という意味です。

 その大きな理由が、当店と、私が育てられた Oriente では、その規模が全く違います。


 Oriente は、コントラバスメーカーです。

 毎日毎日、コントラバスを作り続けます。

 私の修行時代には、年間で約500本のコントラバスを製作していました。


 私の調子が良くても、調子が悪くても、それに関わらず、楽器を作らされます。

 そして与えられた時間内に、一定の品質以上のものを作り上げる技術が要求されます。


 とにかく、コントラバスを作り続ける。

 そんな毎日でした。



 実情は過酷です。

 自分の意思とは関係なく、コントラバスを作り続けなければならい。

 実例を挙げるなら、2010年から2015年(2月)までに製作された『Oriente HO-20(最低価格の楽器)』の表板の削り出しは、おそらく80%以上、私が削り出しています。


 とにかく『HO-20』を作り続けました。

 ざっと計算すると5年間で、私は(HO-20だけで)750本以上の表板の削り出したことになります。


 もっとも、私は心から『HO-20』を愛していたので、全く苦ではありませんでしたが。



 しかしながら、毎日毎日、朝から晩まで、楽器を作り続けることは苦しいです。


 ただ、発想を逆転させると、実は大きなチャンスでもあります。

 失敗をしても、次が来る。


 (製品として成立することは大前提として…)自分の思うように仕事ができなかった時、“次は良い結果を出そう。” と、次回へ向けて準備ができます。


 そうやて、毎回毎回、自分自身に課題を与え、その課題を乗り越え続けることで、高い知識と技術が身に付きます。


 私の場合、『HO-20』の表板を削り続けた結果、どんな品質の材木でも、同じ音色で統一できるような技術が身に付きました。

 型番が存在するメーカーだからこそ、『音色の統一』は求められる技術でもありました。



 やはりそれは大量にコントラバスを作り続けている Oriente だからこそ経験できることで、私の店で、それを実現することは不可能です。


 そのような理由で、私は弟子を育てることは、諦めています。





『若い職人の育成』というものが話題になる時、やはり技術を磨き上げる環境が重要だという話題になります。

“今、職人が育つ環境が整っている場所(店)は何処か?”

 という話題になった時、私は必ずクロサワ楽器の名前を挙げます。

 (Orienteはメーカーなので、除外します。)



 クロサワ楽器が扱うコントラバスの数は、おそらく日本一です。

 その大量に入荷したコントラバスの駒を立てなければならない。

 調整をしなければならない。

 そうしなければ、売ることができない。


 おそらく、担当職人の意思とは関係なく、新しい楽器がやってくるでしょう。


 そのような状況は、私が修行した Oriente と状況が似ています。



 状況が似ているということは、あとは、若い職人が奮起をして高い技術を追い求めるのか、〈業務の一環〉として最低限の品質で終わらせるのか、それは職人の意思にかかっています。



 私自身、 Oriente の修行時代には、そこまでの技術を親方から要求されたことはありません。

 私自身の意思によって、自分自身を追い込み、高い技術の習得のチャンスと捉えていました。



 与えられた条件で、与えられた時間内に一定以上の品質を求められる。

 そのような環境の中で自らの技術を鍛えることは、非常に有意義です。

 だらだら無駄に時間をかけて完成させたところで、それは〈職人〉をして評価されるものではありません。



 私も二代目も『Oriente は量産楽器だから価値はない』という周囲からの言葉を受け、その言葉に苦しみ続けました。

 クロサワ楽器も『量販店』と揶揄する言葉も耳にします。



 『Oriente は量産楽器』も『クロサワ楽器は量販店』も、その指摘は間違いではない。


 ただ、多くの楽器を継続して扱い続けるからこそ磨ける技術もある。

 そして、そのような環境にある職人たちが高い意識と技術を身につければ、コントラバス業界は大きく進化できると思います。

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