自分に対する厳しさを失ったら、そこで職人としては終了。
『職人として、仕事も私生活も関係なく、常に気を抜かない。』という姿勢は別に私だけではなく、一流・超一流といわれる職人衆では当然の話で、私のような、そこに想いを寄せて修行を積んできた者であれば、業種に関係なく同じ想いだと思います。
なぜ『常に気を抜かない』ことが必要なのかといえば、やはり『一事が万事』という、(日常生活であっても)気を緩めることを覚えてしまうと、仕事の中で気を緩めてしまう瞬間ができることを恐れているために、自分を戒め続けるのです。
職人って、いつも〈自分の限界の壁〉を目の前に感じながら仕事をしています。
〈自分の限界の壁〉の圧迫感というものは、とにかく強いもので、逃げたくて仕方がない。
でも、そこから逃げてしまったら、〈職人〉ではなく単なる〈作業員〉に成り下がってしまう。
〈自分の限界の壁〉から逃げることは、自ら職人としての生き様を放棄することになります。
今でこそ、そのプレッシャーと上手く付き合えるようになりましたが、私の若い頃は、その重圧に押しつぶされそうになり、幾度もノイローゼのようになりました。
職人という人種は、その〈自分の限界の壁〉から一歩でも下がると、そのに心の隙ができて、〈慢心〉が生まれます。
自信と慢心は紙一重で、その〈紙一重〉を感じられるポジションに立ち続けることで、職人の自尊心や矜恃というものは良い方向に作用をします。
苦しみや挫折、絶望感と向き合い〈自分の限界の壁〉を越えたとしても、そこにまた新しい〈限界の壁〉が立ちはだかり、職人をいうものを辞めるまで延々と同じことを繰り返していきます。
この感覚は、業種に関係なく〈職人〉と言われる全ての人々が、同じような思いで生きているかと思います。